「穀物の種を伝えた狭姫

 むかし、朝鮮半島から日本へと、大海原を一羽の赤い雁が飛んでいた。その背中には、狭姫という小さな神様が乗っていた。そして、その手には、母親の大気津姫から形見として手渡された稲、麦、豆、粟、黍の五穀の種がしっかりとにぎられていたんじゃ。
 「わたしが死んだら、わたしの体から、穀物の種が生えるから、おまえはそれを持って東方の日本へ行って暮らしなさい。」
 母親が、乙子(末っ子)の狭姫に残した遺言じゃった。赤い雁に乗った狭姫は、はじめに見つけた小さな島に降りようとしたんじゃが、
「ここでは、魚を獲って食うから種はいらん。」
といって断られたんじゃ。
 そこで再び雁の背に乗った狭姫は、比礼振山にやって来て、その里の人たちに種を分けたちゅうことじゃ。その里がいまの乙子町で、種を伝えたから種という名前がつけられ、赤雁の地名も赤い雁が降りたことから付けられたということじゃ。

穀物の種を伝えた狭姫

さしえ 北仙道小学校4年 S・K
語り手 不明

目次